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東京高等裁判所 昭和52年(う)2068号 判決

被告人 向後武

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中二一〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山田有宏の提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官中野林之助の提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対し、当裁判所は次のとおり判断する。

一、控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について

所論は、(一)、被告人が作成した本件偽百円貨幣は、著しく変色し、絵柄も不鮮明で、手触りからしても一見して偽造とわかる程度のものであるから、「取引上やゝもすれば人をして一見真物なりと誤認させる虞のある程度」であることを要する刑法一四八条所定の通貨偽造罪にいう「偽造」に該当しないし、(二)、仮に該当するとしても、被告人は本件偽貨を自動販売機に投入して品物を窃取する意図のもとに作成し、実行したものであるから、これらを少くとも人に対し手渡し、且つその人に真貨として主張しなければならないと解される、通貨偽造罪にいう「行使」の目的を欠き、同罪も同行使罪も成立しないのに、原判決は本件偽貨が一見完全な外観を呈するとし、またこれを自動販売機に投入したことが、真正なものと装つて行使したものと認定し、通貨偽造罪及び同行使罪の成立を認めたのは重大な事実の誤認である、というのである。

そこで、本件記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討すると、原判決挙示の各証拠によれば、本件は原判決判示第一の昭和五〇年五、六月頃以降の三回にわたる偽貨の作成とそれらの使用にかゝる事案であるが、被告人は昭和四八年頃新聞に報道された偽百円硬貨事件の記事を読み、もつと上手に作ろうと考え、工業大学機械工学科卒の知識を用い、真正な百円硬貨から石膏で両面の型をとり、型ずれの防止や絵柄を鮮明に顕出するための工夫を重ねた末、この鋳型に鉛を主成分とした自動車バツテリーの鉛、錫などの金属をとかしたものを流し込む方法で、自分でもうまくできたと思われるものが作成できるようになり、その偽貨が自動販売機で使えるかどうかを試して作動することを確認した後、前記原判示第一の、次いで、第二、第三記載の各犯行を行つたものであつて、押収してある各偽百円硬貨、鑑定書に照しても、これらの偽貨は、仔細に見れば、真貨に比し絵柄が不鮮明な部分があり、光沢も異なるものがあるが、一般人が一見して真貨と誤認する外観形態を呈していると認められるから、被告人の本件各百円貨幣を作成した行為は、優に偽造というを妨げない。そして通貨偽造、同行使罪にいう行使とは、偽造にかゝる通貨を真正なものとして通常の使い方に従つて使用すること、即ち流通に置けば足り、人に手渡すことはもとより、とくに真正の通貨であることを主張したり、ことさらそのことをことわる必要もないから、本件のように、偽貨を自動販売機に投入することも流通に置くことであり、行使に当るというべきである。従つて、被告人の本件所為を通貨偽造罪、同行使罪と認めた原判決の事実認定には何らの違法もない。論旨は理由がない。

二、控訴趣意第二点(法令適用の誤りの主張)について

所論は、(一)通貨の偽造は、その行使の予備であり、両罪は同罪質で危険の程度を異にするに過ぎないからその程度の低い偽造罪は行使罪に吸収されると考えられるのに原判決は偽造罪と行使罪とを牽連犯とし刑法五四条一項後段を適用したのは違法であり、(二)仮に適法としても原判決は偽造罪と行使罪のいずれの罪の刑に従うかの選択しない違法がある、というのである。

しかし、刑法一四八条の通貨偽造罪と偽造通貨行使罪とは別個独立に成立可能な犯罪であり、経験則上両罪が手段結果の関係に立つのが通常であるから、判例、学説の認めるとおり、両罪は牽連犯と解するのが相当であり、また原判決の適用した法令の説示部分によれば、原判決は原判示第一ないし第三の各偽造をそれぞれ包括一罪とし、判示第一ないし第三の事実ごとに偽造と各行使とが手段結果の関係、即ち牽連犯に当るとして刑法五四条一項後段、一〇条を適用しながら、これらが各包括一罪になるとし、偽造と各行使の各罪のいずれの罪を犯情の重いものとして選択したか明示しなかつたことは所論のとおりであるが、右は科刑上の一罪であり、また右の偽造と各行使とは法定刑と処断刑とが同一であるから、その軽重について判示を欠いても必ずしも違法ではない(最高裁昭和四五年一一月二六日決定、刑集二四巻一二号一六九九頁参照)ばかりでなく、原判決は右第一ないし第三の三個の罪が同法四五条前段の併合罪に当るとして同法四七条本文、一〇条を適用し、右各罪のうちで犯情の最も重い判示第一の別表一八の偽造通貨行使の罪の刑に同法一四条の制限内で併合罪の加重をしていることが明らかであるから、原判決は牽連犯としての一罪の処理において、判示第一の各罪については最も犯情の重い罪として別表一八の偽造通貨行使罪の罪を選択し、その刑に従つたものと推認されるわけであり、そうとすると、前示のように判示第二の各罪及び判示第三の各罪については、いずれを最も犯情の重い罪と認めるのかの判示に欠けるところはあるが、併合加重の罪数処理に当つては、判示第一の別表一八の偽造通貨行使の罪を判示第二、第三のいずれの罪よりも犯情が重いとして、これに法定の加重をしたことが明白であるから、結局原判決には所論指摘の違法はない。論旨は理由がない。

三、控訴趣意第三点(量刑不当の主張)について

所論は、要するに、被告人の本件犯行に至つた動機が興味本位のものであり、自動販売機から品物を取つたゞけで社会的法益には必ずしも大きい影響を与えず、また被害を弁償している事情その他被告人の反省の態度、家庭関係等を考慮すると、原判決の量刑は重過ぎて不当であり、刑の執行を猶予するのが相当である、というのである。

そこで、前示の各証拠に照して検討すると、本件は、工業大学機械工学科を卒業し、金属分析の仕事に従事している被告人が、新聞で偽造百円硬貨を作製使用して逮捕された事件を知り、初めは自らの知識によつて、より上手な百円硬貨を作つてみようと考え、種々工夫して外観上真貨に似たものゝ製造に成功したが、更にこれを使つてみたくなり、自動販売機に入れて試用にも成功すると、遂に行使の目的で偽造を企て、これを自動販売機に投入して行使したもので、偽造した量も、行使した回数も多く、物品や釣銭の被害を受けた者も広範囲にわたることを考えると、長期間にわたり通貨の信用を著しく害し、また財産的被害も大きい、計画的で悪質な犯行として被告人の刑責は重大といわなければならないから、被告人が現在は深く反省し、家族の援助によつて財産的な被害を弁償しているほか、被告人にはこれまで犯罪歴がなく、普通の生活を送つて来たこと等の諸般の事情を被告人のため有利に斟酌するとしても、なお、被告人を懲役四年(求刑懲役七年)に処した原判決の量刑は、これを重過ぎて不当であるということはできない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条により当審における未決勾留日数中二一〇日を原判決の刑に算入し、当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書を適用してこれを全部被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 小松正富 千葉和郎 鈴木勝利)

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